霊視 初体験♪


                                         by:いっちゃん


このHPをご覧の皆さんは、「霊」的なものに興味をお持ちだと思います。

中には、「日宗先生から霊視をうけてみたいな・・・」と思っているけど、

いったい、「霊視ってどんな事をするの?」と不安に思っている方も多いのではないでしょうか?

かく言う私がそうでした。


私は3年前から日宗先生のところへ週に一度「お参り」に通い、

その際に霊視もして頂いているわけですが、

今でこそ、何年も前から通いつづけているような顔をしているものの、

初めて霊視を受けた時は、そりゃ〜もうドッキドキでした。

日宗先生の事を知るまでは、他の霊能者さんのサイト等もよく覗いていたのですが、

どこにも霊視ってどんな事をするのか・・・までは書いてなかったです。

また、殆どの人はテレビなどでしか「霊能者」とか「霊視」に触れる機会もないので、

勝手にイメージしてしまう事も多いのではないでしょうか・・・・


そこで、霊視を受けたいけど、不安に感じている方に参考になればと思い、

初めて霊視をして頂いたときの体験を書かせて頂く事にしました。



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       なぜ、霊能者の方のところへ相談したいと思うようになったか


私は実は、平成9年に母を脳出血で突然亡くしているのですが、

その半年ほど前から急に、ちょっと「不可解な現象」に襲われるようになっていたからなんです。

色々あるので、全てをここで挙げる事はできませんが・・・


例えば、母が亡くなる一ヶ月前程からは、

寝ようと電気を消して布団に入ると、「パシッ!」と家が軋むような音がし、

同時に白い小さな稲妻みたいなものが見えたりフラッシュのように白く目の前が光ったりしました。

これは目を開けていても閉じていても同じように見えるので、

私は「一体これはなんだろう??」とは思うものの、自律神経の疲れかしら?と考えていました。

しかし、これが毎日、しかも明け方まで、頻繁に続くので段々眠れなくなっていきました。

そしてそれは、母が亡くなった日をピークに、日に日に酷くなっていったのです。


今、思えばこれは誰かの霊が、私に母の死を必死で知らせようとしていたのだろうと思いますが、

私は霊の存在はある程度信じていたものの、思春期のころさえ、金縛りの「カ」の字もなかったので

自分に霊感みたいなものがあるとは全く考えもせず、霊を見る事など無いと思い込んでいました。


ですから、折角の忠告も全く生かせないまま、母を亡くしてしまいました。



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       ところが、その後も「不可解な現象」は起こり続けます・・・


お盆の頃、家に1人でいる時に、仏壇の掃除をした時のことです。

私は、その時、線香立ての灰も綺麗にザルで2度ほど漉し、燃え残りの無いようにしておきました。

そこに夕方6時ごろ、5本の線香を普通にたてて、ボーっと祈るでもなく下を見ていました。

すると・・・カチ、カチ、カチッカチッカチッ・・・・と音がしました。

何だろう?と線香立てを見ると普通に立てた線香が・・・灰ギリギリの所で全て折れて、

線香立てのふちにまるで五方向を示すように倒れていました。

灰に埋まっている部分をみると、埋まっている上と下から火がついて灰の中で燃えていました。


ところが、折れた先の方は、短いだけで、火をつけたばかりの線香と同じで、全て普通です。

「なんだ??これは??」とちょっと焦りました。

とにかく、折れてしまった線香をまとめて脇に立て直しました。

それから、その線香が全て燃え尽きた時、確かめたい気持ちもあって

今度は3本立てて、同じようにボーッと下を見てみました。

ちょっとすると、今度は目が吸い寄せられるような変な雰囲気を感じて、線香立てを見上げたのです。


そうしたら・・・・

普通に立てた線香が、その真ん中ぐらいから、とろけるようにグンニャリと・・・曲り、

ほぼ、45°近くの角度になって、耐えられなくなったのか、

先ほどと同じようにポキ、ポキ、ポキと折れて、

今度はまるで3方向を示すように線香立てのふちに倒れました。


でも灰に埋まっている部分は、灰の中で火を上げて燃えていました。

正直いってこれにはびっくりしました。


線香がまるでプラスチックが熱でとろけるようにグンニャリとなってしまうのですから・・・

この現象は、1回では納まらず、その後も何回か起きていますが、

ほとんど私1人だけが家にいる時に起こってしまうのです。


私は、自分では霊を信じる方だと思っていましたが、

これらの事を「霊のせい」だとすることを避け、無視しようとしていました。


そのくせ、いつも「何か起こるのでは?」と気にしていました。


一応、身近な霊感のある人には相談してみてはいたのですが、全く原因がわかりません。

でも、霊能者の方に相談するのはすごく躊躇いがありました。

理由はイロイロですが・・・

インチキな人にあったらどうしようとか、お金が異様にかかるんじゃないかとか・・・

でも、本音は、「本当の原因が何か知るのが恐い」でした。


そんなこんなで、なんと5年も放置しておいたのですが、そのうち、

写真を撮影すれば「異様」な写真が多く撮影されてしまうなど、

自分をごまかしきれなくなってしまったのです。


そこで、やっと、知人に日宗先生を紹介していただき、予約のお願いのお手紙をだしたのでした。

(当時はこのHPはなかったんです。)



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       霊視の予約をしてからもドキドキ


霊視の依頼の手紙を投函してから、すぐ先生から電話があり、

そこで改めて、霊視の予約をさせて頂きました。

当日になり、お堂に向かう電車の中では、緊張がピークに達していました。

やはり、本当の原因を知るのが恐くて恐くて、仕方がなかったのです。


「うわぁ・・・『もう、手遅れだよ、どうにもならないなぁ』 とか言われたらどうしよう。」

それでなくても、5年間も放置してるし・・・

本当に途中何度も、「すみません、お腹痛くなっちゃって・・・」と

キャンセルの電話をしてしまおうかと思いました。


でも、そんなことをすれば、結局また同じ事、同じ日々の繰り返しです。

そこで、自分なりに次の事を決心して先生のところへ行く事にしました。


(1)たとえ、「手遅れ」だと言われたとしても、少しでも良くなる方法があれば(ある筈だし!)

   必ず実行する。
 
(2)先生に教えていただいたこと、指示されたことは、全て「鵜呑み」にする。
 
(3)出来る事は必ず実行する。

   幸い、(か不幸か)私に出来る事は非常に限られていましたから。(笑)

(4)先生に伺った事が、私にとって不本意でも他の霊能者の方のところへは行かない。

   (私にとって、全く判らない事について、たくさん情報があっても迷うだけなので、

   そこで立ち止まっているよりは、前向きに努力していこうと思っていました)


今思えば、ここまで決心するとは切羽詰ってたなぁ・・・と思います。


また、ここに書いた事を、私がその時決心したのは事実なのですが、

今現在も先生のところへ通っている私が、ここに書くのは、

これを読む皆さんの誤解を招くかなぁという心配もあります。


でも、この様な体験談は特に誠実に書くべきだと思いますし、

私はこの決心をしていたおかげで、本当にかなり助かりましたし、

どうやら楽になっていくのも早いようです。


実際、先生や、お堂で出会った先輩方も、霊視を生かしていくアドバイスとして、

これと似たような事を教えてくださいましたので、あえて書かせて頂きました。



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       そして、とうとうお堂へ


さて、そうしている間に、やっと、(って、長い体験談ですねぇ。スイマセン)お堂へ着きました。

お堂といっても、当時は住宅街の個人のお家にある一室でした。

ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと、「ハーイっ」と声がして、女性がドアを開けてくださいました。

どうやら、アシスタントの方のようで、その方に案内して頂いて、お堂の中へ入りました。

お堂は、ごく普通のフローリングの、日当たりのいい明るいお部屋でした。

ただ、一つ普通の部屋と違うところといえば、部屋の正面に大きな神棚があることです。

それと、やさしそうな「おばあさん」の写真が貼ってありました。

先生のお母様かな?と思っていましたが、

先生の師匠でいらっしゃる「十条の先生」だと、後にわかりました。


そして・・・日宗先生に初めてのご対面です。

部屋に入るとすぐ、坊主頭のやさしそうな方が、正面に胡座をかいて座っていらっしゃいました。

短パンにTシャツといういでたちで・・・

(現在は、作務衣を着用されています。あとで伺ったところではこれはカナリ例外的なことだったそうです)


イメージしていた「霊能者像」と、全然違う・・・普通だ・・・すごく普通だ・・・良かった・・・

ここがゴールだぁあ!!!と、思いました。


実を言うと・・・黒装束の怪しげな人が出てくるのではないかとビクビクしていたので、

あまりの普通さにちょっと感動してしまいました。

(・・・というか、私の霊能者の方に対する当時のイメージに問題がありそうですね・笑)


挨拶と自己紹介をした後、「それで、今日はどうされました?」と先生がやさしく聞いてくださいました。

私は、先生に会って間もないのに、何故か本当に安心している自分に気がつき、

そのことに、ちょっとびっくりしながら、

「実は、母が亡くなる前後から、ちょっと不可解な事が多く起こるのですが、

それが、心霊現象なのかさえ、わからない状態で・・・

そこで、先生に心霊現象なのかどうか、

それと、もし心霊現象ならその原因を教えていただきたくて・・・」

と切り出しました・・・

がその後何をしたらいいかわからず、しばらく沈黙してしまいました。


焦って、「あ、あの、こういう時どうしたらいいのか、よく判らないんですが・・・

起こったことを全て話した方がいいんでしょうか・・・?」と言いますと、先生は、笑って

「そうですね、全部話した方がいいですよ。溜め込んでいるのが何より悪いんですから・・・」と

おっしゃって下さいました。


でも、そうすると、5年分を一気に話さなければならなくなります。

そこで、「長くなりそうなんですが、よろしいんですか?」と恐る恐るお聞きすると、

「いいですよ。全部話してください。」と答えて下さったのです。


そこで、私は話し始めました。・・・延々2時間・・・・

でも、先生もアシスタントの方も、相槌をうったり、質問してくれたりして、

私が話しやすいようにして下さいながら、ずっと熱心に聞いてくださいました。

そして・・・

「心配しなくても大丈夫ですよ。霊感が出始めているんです。

ご先祖様達の状態がいいとは言えないけど、それが直接の原因ではないですよ。」

とおっしゃって下さいました。

その時の、私の安心感はとても言い表せません。

「うぉ〜、良かったよぉ!」と走り回りたい気分でした。



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       「お参り」をすることに


お参りは、神棚の前に、「霊視される人」、「先生」の順に縦に並んで座り、

先生が、半紙を「霊視される人」の頭や背中にあてて、霊視しながら、

お経・祝詞などを読んでくださる・・・という方法で行われます。

(時に、その時霊視の修行をされる方が先生の後ろにつく場合もあります。)


最初は正座をして、二礼二拍手一礼します。

その後、ひざを崩しても良く、なるべくリラックスできる姿勢をとります。

(ですので、女性の方は、ちょっと動きやすく座りやすい服装がいいと思いますよ。)


このお参りの途中で、先生が霊視で見えた事を教えてくださいます。

時には、「こういうのが見えるけど、思い当たりますか?」と聞かれます。

霊視では、その人の魂やご先祖様の抱えている「問題点」や、

その問題点を暗示するものがでてくるようです。


ですから、先生にこのような問いかけを受けた時には、

きちんと答えられたほうが、解決が早い場合が多いのです。


でも、答えられなかったり、調べ様がなかったりする問題でもガッカリしなくても大丈夫ですよ。

本当に不思議な事ですが「時機」がくると、まさに「神様って本当にいるんだなぁ・・・」

としか言えないような方法で教えて貰える場合がありますし・・・


私の場合は、まず

「荒涼とした感じの丘の上に、石碑が見える。すごい寂しい場所だねぇ。」

と言われました。

これは、すぐにわかりました。

私の父方の曽祖父は、今の北朝鮮と中国の国境あたりで病院をしていたのですが、

書道家でもあった曽祖父は自分の書を石碑にして、丘にたてたと聞いていたからです。

第2次大戦の敗戦で、まだ幼かった父を含め、一家は日本に引き上げてきたのですが、

その際、守り刀等、家に伝わる品々をその石碑の下に埋めてきたらしいのです。


そして、そこに関わった、父方の曾祖母、大叔父等がきてくれていることを先生が伝えて下さいました。

大叔父については、私は仏壇の写真しかしらないのですが、

不思議な事にそんな私にもわかるように仏壇の写真のとおり、軍服姿で来てくれました。


私は、「霊視ってすごい!」って圧倒されてしまいました。

また、先生に軽く半紙を当てられている場所が、時に痛いほど熱くなってくるのにも驚きました。


1時間弱(霊視をして貰う人の状態によるようです)のお参りの後、先生が霊視から、

今後何をすべきか教えてくださいます。

時には、指示や、行くべき場所が多かったりするので、

メモをとれるように筆記用具も用意した方がいいようです。

(忘れた場合は、貸して貰えます。)


その後も、時間があれば、他の質問などにも快く答えてくださいます。

私も、転職等の問題についても、たくさん伺ってしまいました。(笑)



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       おわりに


さてさて、本当に、長くなってしまいましたが・・・


私は、先生のところへ伺うようになってから、本当にいろいろな体験をさせて頂いています。

(それらについては、これに懲りずに、もし別の機会を頂ければなぁと思いますが。)

この3年間で、私は、物質的な面も、精神的な面も随分変わってきました。

でも、何よりも得がたかったのは・・・

「あぁ、世の中って(自分についても含めて)、もっと期待してもいいのかも知れない。

もっと、欲しいものは欲しいと、『こうありたい』なら『こうありたい』と

素直に祈ってもいいのかも知れない。」と考えられるようになったことです。


現代って、何でも限界があるように思わされていますよね。

情報も氾濫していますし、何でも数字で順位ずけされていて、

自分の行末も、ある程度の年齢になれば、どんな生活をして、どんな老後で・・・と見越せてしまう。

社会や政治のあり様に対しても、最初から結末や限界はわかってしまっている。

ある程度の限界(枠組み)を、知ってしまっているから・・・


でも、日宗先生のところへ、伺って、いろいろ教えていただいたり、

常識では考えられない「神様」や「霊」の存在を、

否が応でも感じさせられるような体験をさせて頂いている内に、

「限界を知っている」というのは単なる思い込みじゃないのか?

そう思う事自体、神様の目から見れば傲慢な態度なんじゃないのか?

と考えさせられはじめたのです。


もし、そうだとすれば、最初から諦めていないで、もっと素直になってもいい事になりますよね。

そう考えたら、気持ちがすごく軽くなりました。

(もちろん、まだ学び始めたばかりなので全然わかっていないんですが・・・)


というわけで、皆さんにも、「不思議な世界」を体験していただけたらなぁ、と思います。

長々とお付き合いいただきましてありがとうございました。





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